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ぽんぺ通信

ゆーほといいます。絵とか音楽。 連絡先 Line: http://line.me/ti/p/%40baj9588f Twitter: @onakaitaibot Mail: ponpebot@gmail.com Skype:unidentified4.5

やる気でない

なにか作る時、これでいっか・・・・・って納得のいかない状態で世に出すとクリエイティブの神様から少しづつ見放される気分になる~~

あるとおもいます

妥協した作品や仕事やればやるほど業界全体の足引っ張りにもなるし自分のクリエイター力も下がる

でも期限もあるので難しい

手塚治虫先生とかは締切無視しながらも妥協はせずに放送が終わったアニメを終わったあとも作り続けてたとか言うけど、やっぱそういうことなのかしらん

そんなことみんなできないよなぁ~だから天才なんだよなぁ~

何本も連載抱えてたしなぁ

凡人の自分なりの答えは、妥協して世に出したら、悔しがってもっといいものをつくろうとする!なのかなぁ

そんなこと考えながら、漫画がかけずに頭を抱えてます

やりたいことがやらなきゃいけない事にならないようにするのは難しいなぁ

たのしい

久しぶりにブログをかこうかな~とおもったのは、現状になんかちょっと満足し切れてないとこがあるからみたい。

久しぶりに開いて自分のブログみると、自分以外を攻撃したり、自分をこう見て欲しいっていう言い訳の割合高いな~とおもって恥ずかしい・・・・・

でもその時はそれが必要だったな~
今もそうしてしまいがちだけど


話はすこし変わるけど、
去年から今年にかけては人生で一番たのしい!

毎年人生の最高点を更新してて、これを死ぬまで続けたいけども、さらに加速させたい!

やりたかったwebデザインも会社に入ってどんどん出来ることが増えてる。

リテイクが重なったり追加修正が重なってひえ~ってなる時もあるけど、それもたのしい。

楽器の無料教室も最近やってないけど一応出来たし、イラスト本もコミティアで出せたし、合同誌にも誘ってもらえた!

イナヌマ君(https://twitter.com/ShunInanuma?s=06)っていう最強の脳内アーティストと出会って、一緒に漫画を描いてる!

でもまだまだ足りない。

もっともっと楽しくなって、エンジン焼き切る勢いで死ぬまで燃やしつくしたい・・・つくしたい・・・・・


そんでもって、みんなと楽しくなりたい

大好きな人たちと一緒に、楽しさを増幅させて、世界にハッピーを増やしたい

言葉にするとまだすこし恥ずかしいけど、心の底からそう思う


つまんなそうに生きてる人がいっぱいいる

クソ迷惑なおせっかいになってしまうと思うけど、そういう人たちのエンジンにも火つけてやりたい


そのためには自分のエンジンをフル稼働させないと!!!!

そうしないといくら人を楽しませようとしたって、自分が全力で楽しんでなきゃ説得力が落ちる

逆に言えば楽しんでいればいるほど説得力があがる


とにかく誰よりも自由に、誰よりも楽しくなりたい!!

まだどうなればそうなれるか、具体的なことはあまり思いついてないけど、熱望して生きてればきっとそうなれるとおもう!

よっしゃー!!

会社やめよう!!!

勇気出せ!!!!オレ!!!!

生存報告

こんにちわ、おひさしぶりです。

もっと気軽に書きたいと思いながらもだらだらしてしまったですな

 

近況報告というとめんどくさくなってしまいそうなので、最近どんなこと考えてるか箇条書きにしようかと思ったら書く気になった。

ということでここ数日の脳内と、それについて一言。

 

ぱっと思いつくのはこんな感じです

以下コメント

 

シンゴジラ

前の土曜日にふと彼女と見に行きました。
前情報ぼちぼちツイッターやらでみてたので、見たときは「あ~見た~」くらいのテンションだったのが、見終わってからじわじわ来て、いろいろ考察とか読んでるうちに

「もう二回目見たい!!!」

ってなってました。ハイ。

一つだけいうとすれば、いろんな方向から話題にしたくなる、語りたくなる映画でした。

 

でんぱ組

かれこれ半年くらい前からドはまりしてるんですが、この魅力についてはすぐには語れないのでいずれ記事にしたさはある。うん。

推しの一人、ピンキーこと藤咲彩音ちゃん↓

f:id:ponpebot:20160831222623j:plain

 

コミティア

8月のコミティア(オリジナル限定の同人作品即売イベント)に参加いたしました。

サークル参加です。

初めてカラーイラスト本を出したけど、いろいろ勉強になったなあ~

あと即売会は画面の向こうのみなさんに会えるのがうれしいですね!!

来てくださった方ありがとうございました!

www.pixiv.net

 

漫画連載

とある人に頼まれてツイッターとかnoteでやるかもしれない。現在進行中。

 

HTML・CSS

今年の3月から全くの未経験でWEBデザインの会社に入って、6月で契約社員になりましたが、コーディングがたのしくてたのしくて。
こんな風にちょろっとあそべたり。(PCの方マウスホバーしてみてね↓)

いえ~~い

ジャバスクリプトとかもちまちま勉強しております。たのしい。

 

デザイン

WEBデザインの会社のデザイナーなのでもちろんデザインもやります。(まだコーディング含めたいしたことできないけど)
これもまた勉強するのがたのしいし、イラストにもフィードバックできるので描きたい絵の幅が広がってゆく(描ける絵の幅じゃない・・・)

 

同棲

先月末あたりから同棲はじめまして、もう一ヶ月になりまする。

もうそれなりに長いこと付き合ってるので、同棲してとくにラブラブになったりも冷めたりもせず、通常運転でお付き合いしております。

わざわざ会う時間とらなくていいし、帰ってさみしい、死ぬ、という日がなくなるのはよいですな~

お引越しはもうめちゃ疲れました。

 

風のタクト

そしてゲームキューブを家に導入しました。

彼女が持ってきたんだけど音がでなくて、僕も実家にあるからモニターとゲームつなぐ線だけ持ってきて、なんかつぎはぎで動くようになった(僕の実家のやつはディスク読み込んでくれない)。

そんでゼルダの伝説風のタクトをとにかくやりたかったから買ってきて、ちまちまやってます。メドリちゃん・・・

時間がなくなるからほどほどにしたい・・・けど名作だからやってない人ぜひ!

 

低気圧

最近台風がよく来るけども、低気圧くると最近頭痛になる・・・つらい。

 

ラジオ

まだ声すらかけてないけど友達とネットラジオみたいなことしたいな~~

とぼんやりおもっております

実行するのかしら

 

 

という感じに簡潔に最近のことをまとめてみました。

以上、ゆ~ほの生きてます報告でした。

 

無理しない

今回はだいたい、「わしが言いたいことまとめ」みたいな内容です。

お暇な方、どうぞお付き合いください。

 

ふと、

僕は自然体でいれているだろうか。

無理せずに生きているんだろうか。
って自分を省みる。
 
僕は「自分の心に嘘をつかない」ことを信条として生きている。
でもやっぱり自分の信条や哲学、座右の銘があってもそこからはみ出さずにきちんといることって難しいよなぁって、いつも感じる。
 
ブログを書こうとしている時、書いている時、なんだか無理しているような、自分の範囲から飛び出したような内容を書いている気がして、たくさん下書きを書いても、公開できずにいる。(もう下書きが10記事以上ある)
 
それはきっと、どんなに立派な人生哲学や考え方を身につけていても、完璧に実践することは難しいし、実践しきれていないことを偉そうに話すのは後ろめたさがあって自分の心に沿ってないからだなっておもった。
 
過去の記事はなんかエラそうだし。(自分のことえらいとはおもってるけど、それ以上にえらくなっちゃってる)
 
でも、少しずつ実践出来ていること、どんどん良くなっていることはたくさんあって、やっぱりそれを発信したいと思う。
 
だから、どう言うふうに書けばいいんだ、ってわからなくて、公開できなかった。
 
なんか自分の心に背いている言葉ってやっぱり嘘っぽいし、どんなに前向きで素敵な言葉でも、響かない。
 
僕はめんどくさい中途半端な完璧主義なので、「完璧」ができないなら辞めてしまうという悪い癖がある。
少しずつ良くなっているとは思うんだけど。
 
たぶん、なにより自分のことをみんなに正しく理解してもらいたいんだとおもう。
 
でも簡単なことで、ただ等身大に、思った通りに書けばいいだけだった。
いや、難しいんだけど。
 
いい人だと思われようとして、自分のこころを苦しめるのをやめること。
自分が発信したいことを、心に思った通りに書くこと。
他人を怖がらないこと。自信をもっていいということ。
 
 

自分がどうしたいのかわからない

長い間誰かのため、とかっていい子で生きてきた人、誰かの顔色を伺い続けてきた人って、自分の気持ちがどうしたいのか、何を望んでいるのか、なにがやりたいのかっていうことが、自分でわからなくなる。
 
また学校批判になってしまうんだけど、やっぱ教育がそういう教育だし、世間の風潮もそうだから、そういう人って多いと思う。
 
みんなみんな献身的だし、家族のためとか、親のため、恋人のため、友人のためって、誰にも迷惑かけられないからって生きてる。
人が多い。
気がする。
 
でもとにかく僕がいいたいのは、自分以外の誰かのために生きるってことは、自分以外に自分の人生の責任を投げるということ。
 
失敗したら、苦しくなったら、誰かのせいにするということ。
 
それは自分の人生から逃げることだし、他人とわかりあうことから逃げることだし、コミュニケーションを諦めるということ。
 
自分の人生を戦うことを諦めること。
 
そういうことだと僕は強く身にしみて感じている。
 
そうなると、自分の気持ち、本心は心の奥深くに閉じ込めてしまって、自分が何をしたいのか、どうなりたいのかが自分でもわからなくなってしまう。
 
僕はそんな感じで、今でも自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、とかってことがわからなくなることがある。
 
自分の中に長い間刷り込まれてきた「常識」とか、「自己嫌悪」、「ナルシズム」とかいろーんな自分がいて、僕の本当の気持ちを隠そうとする。
 
邪魔してくる。
 
だから自分の気持ちを正確にとらえることがむずかしい。
でも時間はかかるものの、すこしずつわかるようになってきた。
 

自分自身を正しくとらえる

そんなことに関連して、
僕の大好きなブロガー(?)の坂爪圭吾さんが、先日ブログ・ツイッターで、「自分のことを正確にとらえることってむずかしい」というような話をしていた。
 
僕は本当にそのとおりだなって思う。
 
(坂爪さんは僕が思ったことを先に考えているし、先にブログにしていて、なんか、言いたいことすべて言ってくれてるなぁって思って、それもあってあんまし書いてなかったんだけど。坂爪さんはとにかくめちゃめちゃ素敵で、めちゃめちゃ影響受けてる。
 
でもやっぱり自分の中で噛み砕いて、改めて自分の言葉で文章することでわかることや、もしかしたら伝わることもあるかもなって思って、やっぱ書こう!って思いました。(最後に記事貼ります))
 
余談が長くなってしまうのがよくないなぁ
 
そんでもって、自分を正確にとらえるって言うのは、自分を過大評価することも過小評価することもしないってこと。
 
自分のことを、過小評価していなければ、自分の行動や発言に自信をもてるし、他人の言うことにいちいちビクビクして振り回されたり、死にたくなったりもしにくい。
 
自分のことを、過大評価していなければ、無理に自分のことを大きく見せたり、誰かを引き合いに出して攻撃したりしなくてすむ。
自分の正しさを誰かに押し付けたり、否定されて怒ることもなくなる。
 
誤解を恐れずに過大評価という言葉を使っているけど、過大評価も過小評価も、どちらも自信のなさから来るものだ。
 
僕は承認欲求が強かったり、自尊心がなくて誰かの言葉にビクビクしたりしている。
 
それは自分を正しく評価してあげれていないことの裏返しだと思う。
 
ちゃんと自分で正しいと思えているのであれば、それは他人の証明なんて要らないのだから、誰かそれを実践できていない人を捕まえて非難したり、それは間違っている、と無理に攻撃することもない。
 
うう、やっぱうまい言葉で伝えられないから坂爪さんのブログを読んでもらいたい。
 
自分の弱さをしっかり認めて、でも自分の出来ることも見失わずに、自分のことを大切にして生きて生きたい。
 
だから、僕は誰かに「こう生きろ」と言うのではなく、「僕はこう生きたい」という話をする。
 
だから、僕はあなたの話はしない。僕自身の話をする。
 
「こう生きろ」というのは、自分の過大評価であり、価値観の押し付けだ。
 
さっきも言ったように、それは逆をいえば自信のなさの裏返しであって、「こう生きろ」というのは、誰かに自分の正しさを証明させたいからだ。
 
証明を求めている限りは、それが本当に正しいのか自信が無いということ。
 
僕が(も)本当に大切だと思っていることは、他人の正しくなさを糾弾することではなくて、その暇を惜しんで自分の純度を上げるということだ。(完全に受け売りになってるけど、本当にそうおもう)
 
それでも「誰かに攻撃されたくない」という気持ちはなかなか消えてくれないし、そんな気持ちがある事すら無意識で、気付けないことすらあるから、どうしても言ってることとやってる事が傍からみると違っていることもあると思う。
こわがらなくていいのに、言い訳をしてしまう。それは、自分にとってマイナスで、時間の無駄だ。
 

承認欲求に忠実

ここで、誤解されているかもしれないけど僕は自分の承認欲求には正直で、それが悪いとはあまり思っていない。ただただ有名になりたいし、いろんな人に僕の存在を刻み付けたい。
 
誰かに対して優位に立とうとするのは恥ずかしいことだとおもうけれど、承認欲求は別にはずかしくないし、自分は絵が描ける、ギターが弾ける、そういう事を認めてくれる人に認めてほしいと思う。別に自分でうまいとは思わないし、練習や訓練も全くしない。
 
だれかと比較されたいんじゃなくて、ただ自分一人として、「これ弾けたよ、すごくない?」とか、「ギター楽しいよ」とか、「頑張って描いたよ!みて!」とか、そういうことを、褒めてくれる人がほしいだけだ。
 
あと、謙虚になって、思ってもないことをいうのも嫌だ。
いやいや、なんもできません、とか思ってないし、おれは絵が描けるしベースもギターもドラムもできるぞ!って思ってるし。
絵もそれなりにうまいと思うし、(死ぬほど下手だなって思うときもあるし、画力はないけど)ドラムはさらに自信がある。
でもそれはドヤ!!ってことじゃなくて、別にうまいとは思ってないし、自分の心にウソつきたくないだけ。
別に絵が描けるひとも楽器できるひとも、両方できる人も山ほどいるからね!!
謙虚でいろ!!みたいな日本の風潮なんなの、できることはできるっていえばいいじゃん。
 
いつか完璧に自分に自信が持てたら、ドヤつくのはいまよりやめれてたらいいなとは思うけど、その程度の気持ち。
ファボもRTも楽してほしいし、褒めてほしいし、有名になりたい。
 
でも努力はもう一生しない。たのしいことだけずっとやる。自分の心が向くままに生きる。この話もまたしたいけど、長くなるからやめときます
 

自然体でいる=明るく開き直る

結局言い訳のような内容になってしまったけど、それが僕の正直な気持ちだし、いつか誤解されても気にせずにいられるようになりたいけど、いまは誤解されているほうがストレスなので、今の自然体として、言い訳に時間を割く。本当にやめれたらいいんだけど。
 
そして、たしかに僕はとても人間が怖いし、すこし牙をむかれただけで物凄く動揺してしまって、怒ったり悲しんだり辛くなって泣いてしまうけど、僕は同時に人間がたまらなく大好きだし、あなたとふれあいたいし、共感したい。
大人数の場所はきらいだし、誰とも遊ばず、誰にもあいたくないけど、誰かに会いたい。
 
そういう気持ちもつよくて、こんな言い訳みたいなブログだけど、書いている。
 
僕はお互い共感できる人、お互いに楽になれる人、お互いの利益になる人にあつまってきてほしい。
そのためにやっぱり僕のことをたくさん知ってほしい。
 
それと同時に、僕はあなたのことがとても気になるし、話を聞いてみたい。僕の考え方を知ってくれた人、読んでくれた人と話がしたい。
いつも言ってることは一緒な気もするけど、こういう理由でブログやツイッターをやっているので、どうか連絡をください。
ブログとツイッターっていうか、もうそういう人生。承認欲求が突き動かす、共感できる人たちと居心地のいい場所をつくるための人生。それが目標であり、今です。
 
大変未熟者ですが、よろしくお願いします。
 

・連絡先(LINEが楽)

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Mail: ponpebot@gmail.com
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坂爪さんのブログ

ibaya.hatenablog.com

自己嫌悪とプライドと幸せのお話

こんにちわーブログ更新したいなぁと思いつつ割と忘れてますゆーほです(だめだね)

 
今日は生きづらさとプライドのお話をしようかと思います。
 
また自分のお話から話すことになってしまうけど自分のブログだからいいや
 
自戒と自分のメモとして。
 

自己嫌悪の塊だった

僕は小学2年生以来ずーっとネガティブで自己嫌悪の塊でした
 
小学2年生の時の様子がこちら
小学2年生以来ポジティブになる事は一切なく、むしろ悪化していきました。
 
そしてどんぞこで死にそうになって死にたくないと思った時、色んなことをきっかけにここ1年くらいでだんだんポジティブになって来ました。
 
今ではポジティブの塊です。ネガティブのネの字もないくらいにはポジティブです。どんなことがあっても前だけ向いていけると思います。
 

人との対比で生まれる自己嫌悪

 
自己嫌悪ってどんな時になるんでしょうか
 
色々あるかもしれないけど、ひとつは周りより劣ってると思った時、「自分はダメだ、自分なんて価値がない、自分はクズだ」と思ってしまうと思います。
 
まわりができているのに自分は出来ない
自分はこんなことも出来ない
 
そう思ってしまうと自分には価値がないように思えてしまいます。
 
学校なんかは画一的な物差しで競争させるので、そういう考え方は染み付いてしまうのかなぁとか思ったりします。
学校がもし苦手で学校に行かなくなってしまったらすぐにその物差しの中で最下層になってしまいます。
 
でもその人には本当は人より優れているステータスが勉強以外にいくつもあります。
それに気づかないまま一部の学校に関するステータスだけ見て自己嫌悪に陥ってしまいます。
 
逆もまた然りで、学校で優秀であればその物差しの中でどんどん地位があがります。 
自分は人間として人より優れている、と勘違いをしてしまいます。
 
たしかにそれは素晴らしい事なんですが、いくつもある人間のステータスのうちたった一部を伸ばしているだけなのです。
(もちろんそれだけでいいし、それだけで素晴らしいことだと思うけれど)
 
しかし社会でみんながそのステータスばかりを評価の物差しとするがために、その人は総合的に優れていると勘違いしてしまいます。
全ステータスカンスト状態だと思ってしまうわけです。
 

自分の場合

自分の場合は苦手ながらも中途半端に学校のステータスもあったみたいで、かと言って優れていた訳ではなかったがために周りとの対比で悩みました
 
周りが普通にやっていることが自分には辛くて、うまく出来ませんでした
 
たとえばテストの点数、単位、出席、就職。
 
大学に行くと正社員になって就職するのが当たり前、就職できなかったらクズ、負け組!
みたいなのがあります。
 
大学の学費出した分ちゃんといいとこに就職して稼がないと割に合わない、という考えは分かるんですが、
そもそもやりたいことが分からない、みんな行ってるから私も行く、大学出るくらい常識、みたいな考えの人たちがこぞって大学に行くのがああああって感じです
 
(つい大学批判しちゃう)
 
まぁ僕が卒業できたのとか本当両親を中心とした周りのおかげだったのですが、いやなことをここまでお金かけてやるべきではありませんでした
 
何も考えてないって一番こわいです。
 

高望みしちゃう

そういう常識の中で生きていると、つい色んなことが「当たり前」のように思えてきて、高望みしちゃいます。  
 
でも生きてること以外全ては贅沢だとぼくはおもいます。
 
やんなきゃいけないことなんてものはどこにも決まってなくて、ただ自分がやりたいかやりたくないか、それだけです。
 
死にそうになったのを何回か乗り越えた時、「ああ、どんなことも死ぬよりはマシなんだ」って気付けました。
 
だから生きてさえいればいいんです
生きてるってこと自体本来幸せなんです
 
生まれた時から全部あるから気づかないけど、なくした時初めて当たり前にあるものがとても贅沢なもので、自分は幸せなんだって気付きます。
 
給料はいくらないと嫌だとか生きてけないとか、結婚しなきゃどうだとか、お金が欲しいだとか、恋人がほしいだとか、リア充がどうとか、周りが持ってるものに惑わされると、自分が本来持ってる素晴らしいものだったり、自分が本当に幸せだと思うことを見失ってしまいます。
 
節制しろとか厳しいことが言いたいわけじゃなくて、周りに流されて本当に自分にとって幸せかどうかもわからないようなものに時間を裂くのはやめて、本当の幸せを貪りたいなーって思うんです
もっともっと素敵な贅沢しましょう
 
生きている以外は今ある時代によって運良くもうまれた贅沢です
先人たちがこの時代を築いてくれていなければ、本来は自分ひとりでは得られなかったもの。
そうおもえば自分にとって本当に必要なものなんていく~つもない~と思うんだ
 
生活や必要に駆られて「やらなきゃ」とかって生きてる人がいますが、それは本当に必要でしょうか。
 
そういう周りの価値観に合わせた偽物の幸せのために必死になることないと思うんです。
苦手なこと、やりたくないことはやらなくていい。むしろやりたいことだけやらなきゃいけない
 
まわりがみんなできるからってそれをできない自分を嫌いになる必要はないし、やらなくていいし、自分のすきなこと、やれることでステータスを伸ばせばきっとそんな奴らより幸せになれます。
 
みんな持ってるものを持ってなくても、自分だけが持ってるもので幸せになれればいいなと思います
 

己の器を測る為だ・・・・・

お前の前の棚のオレオとってオレオォ!!!
なんでもないです
 
勘違いが蔓延る世の中ですが、さらに色んなことが勘違いを助長させていると思います
 
自分のステータスが分からないまま、それでも正社員として就職できれば新卒は全く技術や能力を持たないのに大金を貰えてしまいます。
 
自分にはこのくらい稼ぐだけの価値がある、とか自分はこのくらいしか稼げない、だめだ、とか色々勘違いしてしまいます。 
 
下手に勉強が出来たりなんかすると自分は頑張ってきたから今がある、とか頑張るベクトルがおかしいまま突っ走ってしまいます。
 
労働時間の対価としてお金を貰っているような生活では一生本当の自分にとっての幸せに気づけないと思います。
 
自分のステータスを測り間違えないようにしたいと思います
 
 
とにかくそういう環境や常識、まわりに作られたプライドやエリート意識を全て捨て去った先に、本来の自分の自然な姿、幸せがあるんじゃないかしら
 
周りに追いつこうと必死になってるのは不自然です。
好きなことややりたいことなら同じ分野の周りの人たちに負けないように必死に食いついていくのはかっこいいと思うけど。
きっとそれって楽しいと思うし
 
そうはいってもプライドもお金もいまの生活も手放せないよ~みたいな人は、やっぱり死ぬほど痛い目にあってみないと変われないかもしれないですね。僕もでしたけど
 
最後までよんでいただいてありがとうございます!
偉そうに語ってますがただの社会不適合者です。
もし共感していただけたり、僕と話してみたい!という方いらっしゃったら是非お話ししましょう!連絡先など↓↓ ではでは〜