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ぽんぺ通信

ゆーほといいます。絵とか音楽。 連絡先 Line: http://line.me/ti/p/%40baj9588f Twitter: @onakaitaibot Mail: ponpebot@gmail.com Skype:unidentified4.5

ゆーほの生い立ち~中学編~

こんにちは、大学浪人→大学留年→フリーターのクズことゆーほです。(そういえば言ってなかったきがする、怖いけどあえてさらす)

そのうちそこらへんの経緯もくわしく書きます。

 

昨日書いてて思ったんですが、僕はかつての僕のようなつらい状態の人の痛みを和らげてあげたい、という気持ちもあります。

 
それはみかえりがどうとかいうより、本当にただのお節介で自己満足です。勝手な善意の押し売り・・・
それに、他人の人生かえられるほど僕は大層な人間じゃないです。
というか人生はその人自身にしか変えられないと思っています。
 
ただ、僕はこうやってぼちぼち幸せになってるよ、という話です。
とくに何か成功してる訳じゃないし、問題は山積みで、いままで失敗ばかりですが。
でも、気持ちの上では、心からいま人生で1番幸せだといえます。
 
参考になるかは分かりませんが、今つらい方、変わりたい方への助けになればと思います。
 
なんだか宗教じみてきたな!!!!
 
前置きが長くなりましたが、昨日の続きを書いていきますね。
 
 

中学入学

クラス替えでいじめを回避したゆーほ少年でしたが、中学では悪夢が再び蘇っちまいました。
 
なんでだろうね、なんか2年間いじめられたせいかオーラがあるのかね。
 
中学では、男子の間に派閥ができてて、いじめられるのがぼくと友人二人で、あとはクラスの中心になるいじめっ子達とその取り巻き、そして基本的にいじめっ子グループと仲良くしてる傍観者たちでした。
 
女子はみんなと話すけど、とくにそういった派閥間の出来事には関わらず、という感じです。 
 

中学でもいじめられるのかよ~~

小学校の頃の無法地帯とは違って、暴力はそこまで多くなかったです。
どちらかというと精神攻撃みたいなのが多かったかな?
 
例えば僕はあだ名がなめくじでした。
向こうのグループの誰かと目が合えば、「うわ、なめくじと目が合ったわ、キモイ」って感じで向こうの話題のエサでした。
たまにナメック星人になってた気がする。マジュニアもネイルも好きです。

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いじめっ子グループの大将の奴をほんとに殺したくて殺したくて、ノートに殺すって書きなぐったりしてました。
それと同時に死にたかったです。
つらくてつらくて。
死ねるわけないんですけど家の二階のベランダの手すり?のとこに立ってみたりしてました。
たしか小学校の頃もそんな感じだったかな。
 
なんかもう「死にたい」って感情は小学校の頃から付き合ってきたので、当たり前の感情になっていました。
 
当たり前すぎて最近まで「死にたさ」が危険信号だとかそういう事に気づきませんでした。
 

裏切り

あと印象に残ってるのは、みんなと仲が良くて、僕等にも優しかったA君です。
彼はクラスでも中心的存在で、成績優秀、運動神経抜群、性格も優しいという完璧超人でした。
僕は彼のことは、同じいじめられグループ以外で唯一信頼できる人でした。
 
でもある時、僕がいない所で彼がいじめっ子グループと一緒に僕の悪口を言っているということを知ってしまいました。
 
でもそれは一回限りで、その時は仲介役でつらい立場の彼のことだし、付き合いでその場で話を合わせただけだと思いました。
 
でもそこから僕のATフィールドはかなり強靭になってしまったと思います。
 
そんな感じで帰って理由もなく(そりゃいじめのせいなんだろうけど)泣いたりする毎日を送ってました。
 

和解?

この時の担任の先生はよく話をきいてくれたり、何とかしようとしてくれましたが、残念ながらイジメは消えませんでした。
 
しかし気持ち悪いくらい愚直なゆーほ少年は、いじめっ子たちは家庭環境が悪いんだ、彼らが悪いんじゃない、そして、そうした家庭環境を生み出した両親もまた、その両親の教育の歪みによってそうなってしまった、という事を宿題の日記につらつら書いてました。
 
一方で殺したい気持ちを持ちながらも、理性では上記のように考え、表面上ではひたすら無害を装って、いじめっ子達に反抗せず、誠実に接しつづけていました。
 
そうしたら、三年生の卒業前最後の音楽会(?)かなんかでクラス全員で合唱をやる機会があって、いじめっ子の取り巻きみたいなやつの一人、B君が指揮をやることになりました。
 
B君ははっきりいって全く音楽のセンスとかがなくて、立候補したものの四拍子がまともに振れないうえにリズムもずれるしひどい有様でした。
 
僕は音楽が得意でした。
学年全員でコンクールに出る時のソロパートを歌う人に選ばれたりしてました。
このソロパートは各クラス代表者を男女二名ずつ決め、そこから6クラスの代表者があつまり学年全員の前で一人ずつうたって、投票で決めるものでした。
 
そういうこともあって、彼の指揮を僕が指導することになりました。
 
B君には僕が指導することが伝えられていなかったのか、最初指導するときに音楽室で伴奏の子と三人で顔を合わせたとき、あからさまに嫌な顔をし、にらんできたのを覚えてます。
 
僕も正直こわかったんですが、とりあえず持ち前の無害さを装って優しく指導するよう努めました。
 
そのうちにB君は僕と普通に話してくれるようになり、うちとけて、卒業前には取り巻きB君と彼と仲がいいC君がふたりで僕に「いままでごめん」と謝ってくれました。
 
この時の映像っていうのは今でもほんとにはっきり思い出せます。
思わず笑顔になってしまって、「全然いいよ!」と返しました。
 
B君と打ち解けてから僕らへのいじめはなくなっていき、卒業の頃にはいじめは消えていました。
 
ガキ大将二人は特に謝ってくることもなかったけど、攻撃もしてこなくなりました。
まあ嫌いです。
 

その他中学校生活

いじめはたしかにつらくて、嫌な思い出だったけど、わるいことばかりじゃなかったです。

 

同じくいじめられてた二人の友人とはいまでも連絡をとりあうし、二人といるときは本当にたのしかったです。

 

あと、小学3年生からドラムをやっていたこともあって、三年生のとき文化祭でうちの中学初のバンドのライブとかもしました。えるれがーでん。

 

部活も一応してました。

僕は球技でチームに入るとそのチームが負けるくらい運動音痴で、文化系の部活に入りたかったんですが、文化系はどれも女子しかいなくて、しかたなく多くの人が初心者であろうテニス部に入りました。

部活ではほんとに運動神経がなかったので最弱だったけど、声だけは一番張ってました。あと筋トレ。アホ真面目でした。

 

恋愛もしました。だいぶ黒歴史なんですがかきます。

好きな人に三回くらい告白して全部フラれて、次に好きになった人にもフラれました。モテない!!

でも三年生のときにまた別の人と初めて付き合いました。だけど僕がメンヘラだったので(?)高校に行ってしばらくしてフラれてしまいました。

 

 たのしいこともあった

まあまあ楽しいこともあってよかったです。

音楽が僕を支えてくれていたように思えます。

 

メンヘラって書きましたが、僕の精神的な不自由(?)の内容に関してはまたそのうち書くと思います。

というか今その不自由になる過程を主に記事にしているって感じですね。

今クズであることの言い訳ですが。

自分でけなすのも自己防衛です・・・やめよう・・・。

 

小中と5年間にわたるいじめを乗り越えたゆーほ少年は高校ではどうなってしまうのか!

あんまり期待しないで待っててください。明日の22時に投稿します!

今日はこの辺で。